子どもの精神保健障害
氏家武(北海道こども心療内科氏家医院)
1.愛着の障害
(1)愛着の概念
Bowlby(1958)は愛着の概念について「ヒトと類人猿の乳幼児には母性的愛情を求める行動(愛着行動)が普遍的に存在する。そして、それは親子関係の基本的特徴をなし、特定の一人の人物に向けられる傾向をもつ。また、それは二次的に学習されるものではなく、一次的な内因的生得的行動パターンである。」と記述した。そして、乳幼児に先天的に備わる愛着行動の構成要素は、@吸う、Aしがみつく、B後を追う、C泣く、D微笑するの5つである。特に、出生直後の新生児期から観察される@ABの三つの本能的な反応要素を接近行動パターンとよび、親に対する愛着を強化する行動である。CDは親を乳児に接近させて母性的行動を誘発する信号行動である。これらの愛着行動により親子の相互作用が活発になる。
生まれたばかりの赤ん坊が親によって十分な愛着行動を引き出されるような対応がなされると、親子間に安心できる愛着関係ができ上がる。そして、子どもは親を安全基地として利用し、不安な時や危険な時にそこに戻る行動を繰り返すようになる。最終的にはこのようにして出来上がる愛着パターンの形成が、その後の対人関係性における内的作業モデルとなると考えられている。愛着形成の基本の一つは抱かれることである。それにより子どもに安全感と安心感が育つ。愛着形成の基本のもう一つは同調である。同調とは波長を合わせることである。例えば、分娩直後の母親には自然と子どもが自分の方を向くと子どもの方を向き、子どもが別の方を向くと目をそらせるという同調が見られるし、声を出せるように� ��った子どもは大人と同じようなリズムで対応する。このような同調はコミュニケーション、特に非言語的コミュニケーションの基本となる。また、それによって感情が伝わり、感情レベルでの共感性の基本ともなる。
(2)愛着のパターン
子どもは乳幼児期の間、安全基地としての親に見守られながら、活発に探索と愛着を繰り返す。そして最終的に親子の間に固有の愛着のパターンができあがる。この愛着のパターンにはさまざまな要素が関与するが、基本的には乳児の器質と親の感受性や情緒的応答性の質が大きな影響を及ぼす。
このようにしてできあがる愛着の個人差を、Ainzworthら(1978)は分離再開場面を作り出すStrange Situation Procedure (SSP)を用いて3つの特徴的な愛着のパターンを見出した。それは乳児期後期から幼児期初期の子どもたちを対象に、子どもに未知の場所における未知の他者との遭遇や、親との短期の分離−再開場面を2回組み入れた状況での子どもの行動を観察する。そして、未知の状況に対する不安や親との分離ストレスが、再開時の親との接触時にどのような情緒行動的反応を引き起こすかによって子どもの愛着パターンを同定するものである。その結果、子どもの愛着パターンは次の3つに分かれることが判明した。回避型(A)はすべての場面を通して親との関わりが乏しく、親を安全基地として利用することがなく、親との分離抵抗も不安も示さない。また、再会時にも親に対して無関心か回避的な行動をとる一群である。安全型(B)は分離前には親を安全基地として探索行動を行い、分離に対して抵抗や不安を示すが、親との再会時には接触によって分離不安を解消することができる一群である。抵抗型(C)はすべての場面を通して不安が高く、親がいても探索行動は乏しい。親との再会時には接触によっても情緒の安定が図れず、接触を求める一方で激しく抵抗する特徴を示す一群である。
さらに、1990年にMainとSolomonが病理的な養育家庭の子どもを対象にした研究を行い、その結果、上記の3つの愛着パターンの他に、新たに混乱型(D)が存在することを明らかにした。すなわち、病理的な家庭で育った子どもに認められる混乱型(D)は非常に不可解で相矛盾する行動をとるもので、例えば再会時に顔をそむけたままで親に接近する、親に強い分離抵抗を示すにも関らず再会時には親を回避する、見知らぬ他者に不安を抱いても親に近寄らない、方向が定まらず目的なく歩き回るなどが認められるというものである。
(3)愛着の障害
一見当たり前のように形成されるはずの親子の愛着関係は、実際にはさまざまな事情によって親子の間にうまく愛着関係が築かれず子どもに深刻な心理的障害が残ることがある。ここでは愛着障害の原因からそれらを3つに分類して説明する。
a.母性的養育の剥奪
乳幼児と親、または親に代わる母性的養育者との人間関係が、親密かつ持続的で、しかも両者が満足と幸福感によって満たされるような状態が子どもの精神的健康の基本である。しかし、このような親子関係が欠如した状態を母性的養育の剥奪とよび、戦時中に親を失いキャンプで育てられた乳幼児や母性的養育を行わない施設で育てられた乳幼児にはさまざまな心理発達上の困難が生じたことが判明している。
すなわち、母性的養育の剥奪を早期の乳幼児期に受けた子どもは、時によって精神発達の遅滞、身体的成長の障害、情緒を欠いた性格障害、非行、深刻な悲痛反応などさまざまな心身の発達障害を残す可能性があり、母性的養育剥奪症侯群とよんでいる。基本的に剥奪は、それが深刻になると一般の精神発達遅滞とは異なった発達障害をひきおこし、特に抽象化、概念化の機能に障害を及ぼす。自己の経験を統合する能力の障害、言語の発達の遅滞ないし退行、社会的接触の減退と受動性、対人接触の障害、これらの障害の結果として生じる不適応と反社会的傾向がみられるという。
b.親の養育が不十分なため愛着形成が障害される場合
子どもには適切な愛着関係を発展させる力があるのに、さまざまな理由で親が普通に子どもを養育できない場合がある。極端な例が児童虐待の場合で、他にも親の精神障害や間違った信念に基づいた誤った養育(極端な過保護、過干渉、盲目的溺愛)などがあると、子どもの愛着形成が障害されるおそれがある。このような不十分で不適切な養育が長く続くようなことがあると、実際に子どものその後の精神発達や人格形成に大きなマイナスの影響を残すことが判明している。詳細は児童虐待の章を参照のこと。虐待に至らないまでも、親が適切に養育しなかった場合に子どもの愛着形成に障害が生じ、その子どもの対人関係に障害をきたした場合は反応性愛着障害という。詳細については(4)で説明する。
c.子どもの愛着行動が乏しいために愛着形成が障害される場合
子どもに自閉症や知的障害などの発達障害がある場合、親に適切な愛着行動を示すことができないことがある。この場合、子どもの愛着行動が弱くて親にうまく伝わらないだけではなく、親の愛情のこもった養育を子どもがうまくキャッチできないことになる。そのため、親子の相互作用が順調に進まず、徐々に子どもの情緒発達や言語認知発達にも大きな障害を残すことになる。
自閉症児の親に子どもの乳児期の早期徴候を尋ねると、「とてもおとなしくて手のかからない子でした」と答が返ってくることがよくある。これは、自閉症児には親を引きつけるのに十分な愛着行動をおこす力が弱いことを示すものであると考えられる。また、本来なら自然な親子の間で交わされる表情やジェスチャー、言葉などからコミュニケーション能力が発達してくるが、このような弱点を持つ自閉症児や知的障害児は外からの働きかけもなかなか伝わりにくいものと思われる。
(4)反応性愛着障害
反応性愛着障害は、子どもが生後数年間に受けるべき健康な養育が阻害され、逆に病的な親の養育のために子どもに健康な愛着形成がなされず、後の対人関係のあり方が障害されるものである。その病的な養育のあり方は、安心や寛ぎを求める子どもの基本的な情緒的欲求を持続的に無視したり、抱っこやあやしなど子どもの基本的な身体的欲求を持続的に無視するものである。また、養育者が安定せず、繰り返し代わってしまうことによって安定した愛着形成が阻害される場合がふくまれる。特に5歳前からこのような病的な養育を受けると、子どもに反応性愛着障害が生じやすい。
このような病的な養育を受けて育つ子どもが示す病的な対人関係のあり方は、@抑制型(他人に対してすごく内気で警戒的で、時に両価的な態度を見せる。そのため誰とも愛着関係を形成できない。)とA脱抑制型(愛着が散漫で、無分別な社交性が認められる。そのため誰にでも愛想を振りまく一方で、特定の大事に人にしっかりと愛着を形成できない。)に分類される。
反応性愛着障害は特に乳幼児期に虐待を受けた子どもに多くみられる症状の一つであり、その治療や支援のあり方については虐待の章を参照すること。
2.生活習慣の問題・習癖をめぐる問題
(1)夜尿症
夜尿症とは、子どもが睡眠中に不随意に排尿してしまうものである。ただし、5歳以下の幼児では睡眠中に不随意に排尿することは当たり前のことであることから、通常は5歳以上で頻度も多く(週2回以上とする場合が多い)持続的に認められる(3ヵ月以上とすることが多い)場合に夜尿症と診断する。夜尿症は子どもには多く認められるもので、5〜6歳の幼児では15%に、小学生低学年では10%に、小学生高学年では5%に認められる。そして9〜10歳頃から急にみられなくなるものである。
夜尿症の治療はその病因によって異なる。夜尿症の病因は、主として@覚醒障害(膀胱が充満して排尿刺激が起こっても覚醒できないもの)、A未熟膀胱容量(朝まで尿を保持できるだけ膀胱の容量が発達していないもの)、B抗利尿ホルモン分泌不全(睡眠中の抗利尿ホルモンの分泌が不十分なため夜間の尿量が減少しないもの)、C習慣性多飲(日中、特に就寝前の水分摂取が多過ぎるもの)に分類することができる。また、夜尿症の多くは一次性(一度も長期間にわたって夜尿がなかった時期がないもの)であり、これらの病因が単独あるいは重複して夜尿が生じることになる。しかし、まれにそれまで全く夜尿がなかった子どもに何らかの契機によって夜尿が起きる場合があり、これを二次性夜尿とよんで区別してい る。二次性夜尿症の契機としては、弟や妹の出生や小学校への入学、転校などさまざまな精神心理的要因がある。そのため、二次性夜尿症の治療は心因の解決や心理療法が主体となる。一方、一次性夜尿の場合は日常生活の指導と医学的治療(薬物療法とアラーム療法)が主体となる。
一次性夜尿症の子どもへの日常生活の指導では、夕食後の水分摂取量を極力減じることである。また就寝前の入浴や寝具を温めておくなどの工夫も効果がある場合がある。このような対応だけでも頻度が減少することがある。次いで重要なことは、子どもが就寝する直前にしっかり排尿させることと、子どもが入眠した後に親が夜間にトイレへ連れて行って排尿させることである。このような対応は特に未熟膀胱容量型や抗利尿ホルモン分泌不全型で効果が認められる。このような指導によっても顕著な改善が認められない場合、薬物療法あるいはアラーム療法を併用することを考える。薬物療法としては三環系抗うつ剤や抗利尿ホルモンが用いられることが多い。アラーム療法は欧米で盛んに用いられている。これは� ��濡れるとブザーが鳴る特殊なパッドをパンツに取り付け、排尿すると直ぐにアラームが鳴るものである。しかし、作用機序は覚醒障害を改善するのではなく、睡眠中の尿保持力を増大させる効果があると言われている。
(2)遺糞症
!doctype>