2012年5月9日水曜日

乳幼児に求められることの多いこの障害は、少なくとも1ヶ月以上にわたって身体発育に十分な量の食事を摂れないことが持続し、体重増加が全くないか、著しい体重減少を伴うものである。その原因は消化器系やその他の一般身体疾患によるものでも、他の精神疾患や貧困などでの食物摂取不足によるものでもない。その基本病態は幼児の哺育困難とそれに対する養育者の葛藤が基盤にあると考えられ、特に6歳未満の乳幼児に発症しやすい。


子どもの精神保健障害

氏家武(北海道こども心療内科氏家医院)

 

1.愛着の障害

(1)愛着の概念

 Bowlby1958)は愛着の概念について「ヒトと類人猿の乳幼児には母性的愛情を求める行動(愛着行動)が普遍的に存在する。そして、それは親子関係の基本的特徴をなし、特定の一人の人物に向けられる傾向をもつ。また、それは二次的に学習されるものではなく、一次的な内因的生得的行動パターンである。」と記述した。そして、乳幼児に先天的に備わる愛着行動の構成要素は、@吸う、Aしがみつく、B後を追う、C泣く、D微笑するの5つである。特に、出生直後の新生児期から観察される@ABの三つの本能的な反応要素を接近行動パターンとよび、親に対する愛着を強化する行動である。CDは親を乳児に接近させて母性的行動を誘発する信号行動である。これらの愛着行動により親子の相互作用が活発になる。

 生まれたばかりの赤ん坊が親によって十分な愛着行動を引き出されるような対応がなされると、親子間に安心できる愛着関係ができ上がる。そして、子どもは親を安全基地として利用し、不安な時や危険な時にそこに戻る行動を繰り返すようになる。最終的にはこのようにして出来上がる愛着パターンの形成が、その後の対人関係性における内的作業モデルとなると考えられている。愛着形成の基本の一つは抱かれることである。それにより子どもに安全感と安心感が育つ。愛着形成の基本のもう一つは同調である。同調とは波長を合わせることである。例えば、分娩直後の母親には自然と子どもが自分の方を向くと子どもの方を向き、子どもが別の方を向くと目をそらせるという同調が見られるし、声を出せるように� ��った子どもは大人と同じようなリズムで対応する。このような同調はコミュニケーション、特に非言語的コミュニケーションの基本となる。また、それによって感情が伝わり、感情レベルでの共感性の基本ともなる。

 

(2)愛着のパターン

子どもは乳幼児期の間、安全基地としての親に見守られながら、活発に探索と愛着を繰り返す。そして最終的に親子の間に固有の愛着のパターンができあがる。この愛着のパターンにはさまざまな要素が関与するが、基本的には乳児の器質と親の感受性や情緒的応答性の質が大きな影響を及ぼす。

このようにしてできあがる愛着の個人差を、Ainzworthら(1978)は分離再開場面を作り出すStrange Situation Procedure (SSP)を用いて3つの特徴的な愛着のパターンを見出した。それは乳児期後期から幼児期初期の子どもたちを対象に、子どもに未知の場所における未知の他者との遭遇や、親との短期の分離−再開場面を2回組み入れた状況での子どもの行動を観察する。そして、未知の状況に対する不安や親との分離ストレスが、再開時の親との接触時にどのような情緒行動的反応を引き起こすかによって子どもの愛着パターンを同定するものである。その結果、子どもの愛着パターンは次の3つに分かれることが判明した。回避型(A)はすべての場面を通して親との関わりが乏しく、親を安全基地として利用することがなく、親との分離抵抗も不安も示さない。また、再会時にも親に対して無関心か回避的な行動をとる一群である。安全型(B)は分離前には親を安全基地として探索行動を行い、分離に対して抵抗や不安を示すが、親との再会時には接触によって分離不安を解消することができる一群である。抵抗型(C)はすべての場面を通して不安が高く、親がいても探索行動は乏しい。親との再会時には接触によっても情緒の安定が図れず、接触を求める一方で激しく抵抗する特徴を示す一群である。

さらに、1990年にMainSolomonが病理的な養育家庭の子どもを対象にした研究を行い、その結果、上記の3つの愛着パターンの他に、新たに混乱型(D)が存在することを明らかにした。すなわち、病理的な家庭で育った子どもに認められる混乱型(D)は非常に不可解で相矛盾する行動をとるもので、例えば再会時に顔をそむけたままで親に接近する、親に強い分離抵抗を示すにも関らず再会時には親を回避する、見知らぬ他者に不安を抱いても親に近寄らない、方向が定まらず目的なく歩き回るなどが認められるというものである。

 

(3)愛着の障害

 一見当たり前のように形成されるはずの親子の愛着関係は、実際にはさまざまな事情によって親子の間にうまく愛着関係が築かれず子どもに深刻な心理的障害が残ることがある。ここでは愛着障害の原因からそれらを3つに分類して説明する。

a.母性的養育の剥奪

 乳幼児と親、または親に代わる母性的養育者との人間関係が、親密かつ持続的で、しかも両者が満足と幸福感によって満たされるような状態が子どもの精神的健康の基本である。しかし、このような親子関係が欠如した状態を母性的養育の剥奪とよび、戦時中に親を失いキャンプで育てられた乳幼児や母性的養育を行わない施設で育てられた乳幼児にはさまざまな心理発達上の困難が生じたことが判明している。

 すなわち、母性的養育の剥奪を早期の乳幼児期に受けた子どもは、時によって精神発達の遅滞、身体的成長の障害、情緒を欠いた性格障害、非行、深刻な悲痛反応などさまざまな心身の発達障害を残す可能性があり、母性的養育剥奪症侯群とよんでいる。基本的に剥奪は、それが深刻になると一般の精神発達遅滞とは異なった発達障害をひきおこし、特に抽象化、概念化の機能に障害を及ぼす。自己の経験を統合する能力の障害、言語の発達の遅滞ないし退行、社会的接触の減退と受動性、対人接触の障害、これらの障害の結果として生じる不適応と反社会的傾向がみられるという。

b.親の養育が不十分なため愛着形成が障害される場合

子どもには適切な愛着関係を発展させる力があるのに、さまざまな理由で親が普通に子どもを養育できない場合がある。極端な例が児童虐待の場合で、他にも親の精神障害や間違った信念に基づいた誤った養育(極端な過保護、過干渉、盲目的溺愛)などがあると、子どもの愛着形成が障害されるおそれがある。このような不十分で不適切な養育が長く続くようなことがあると、実際に子どものその後の精神発達や人格形成に大きなマイナスの影響を残すことが判明している。詳細は児童虐待の章を参照のこと。虐待に至らないまでも、親が適切に養育しなかった場合に子どもの愛着形成に障害が生じ、その子どもの対人関係に障害をきたした場合は反応性愛着障害という。詳細については(4)で説明する。

c.子どもの愛着行動が乏しいために愛着形成が障害される場合

子どもに自閉症や知的障害などの発達障害がある場合、親に適切な愛着行動を示すことができないことがある。この場合、子どもの愛着行動が弱くて親にうまく伝わらないだけではなく、親の愛情のこもった養育を子どもがうまくキャッチできないことになる。そのため、親子の相互作用が順調に進まず、徐々に子どもの情緒発達や言語認知発達にも大きな障害を残すことになる。

自閉症児の親に子どもの乳児期の早期徴候を尋ねると、「とてもおとなしくて手のかからない子でした」と答が返ってくることがよくある。これは、自閉症児には親を引きつけるのに十分な愛着行動をおこす力が弱いことを示すものであると考えられる。また、本来なら自然な親子の間で交わされる表情やジェスチャー、言葉などからコミュニケーション能力が発達してくるが、このような弱点を持つ自閉症児や知的障害児は外からの働きかけもなかなか伝わりにくいものと思われる。

 

(4)反応性愛着障害

 反応性愛着障害は、子どもが生後数年間に受けるべき健康な養育が阻害され、逆に病的な親の養育のために子どもに健康な愛着形成がなされず、後の対人関係のあり方が障害されるものである。その病的な養育のあり方は、安心や寛ぎを求める子どもの基本的な情緒的欲求を持続的に無視したり、抱っこやあやしなど子どもの基本的な身体的欲求を持続的に無視するものである。また、養育者が安定せず、繰り返し代わってしまうことによって安定した愛着形成が阻害される場合がふくまれる。特に5歳前からこのような病的な養育を受けると、子どもに反応性愛着障害が生じやすい。

 このような病的な養育を受けて育つ子どもが示す病的な対人関係のあり方は、@抑制型(他人に対してすごく内気で警戒的で、時に両価的な態度を見せる。そのため誰とも愛着関係を形成できない。)とA脱抑制型(愛着が散漫で、無分別な社交性が認められる。そのため誰にでも愛想を振りまく一方で、特定の大事に人にしっかりと愛着を形成できない。)に分類される。

 反応性愛着障害は特に乳幼児期に虐待を受けた子どもに多くみられる症状の一つであり、その治療や支援のあり方については虐待の章を参照すること。

 

2.生活習慣の問題・習癖をめぐる問題

(1)夜尿症

 夜尿症とは、子どもが睡眠中に不随意に排尿してしまうものである。ただし、5歳以下の幼児では睡眠中に不随意に排尿することは当たり前のことであることから、通常は5歳以上で頻度も多く(週2回以上とする場合が多い)持続的に認められる(3ヵ月以上とすることが多い)場合に夜尿症と診断する。夜尿症は子どもには多く認められるもので、5〜6歳の幼児では15%に、小学生低学年では10%に、小学生高学年では5%に認められる。そして9〜10歳頃から急にみられなくなるものである。

 夜尿症の治療はその病因によって異なる。夜尿症の病因は、主として@覚醒障害(膀胱が充満して排尿刺激が起こっても覚醒できないもの)、A未熟膀胱容量(朝まで尿を保持できるだけ膀胱の容量が発達していないもの)、B抗利尿ホルモン分泌不全(睡眠中の抗利尿ホルモンの分泌が不十分なため夜間の尿量が減少しないもの)、C習慣性多飲(日中、特に就寝前の水分摂取が多過ぎるもの)に分類することができる。また、夜尿症の多くは一次性(一度も長期間にわたって夜尿がなかった時期がないもの)であり、これらの病因が単独あるいは重複して夜尿が生じることになる。しかし、まれにそれまで全く夜尿がなかった子どもに何らかの契機によって夜尿が起きる場合があり、これを二次性夜尿とよんで区別してい る。二次性夜尿症の契機としては、弟や妹の出生や小学校への入学、転校などさまざまな精神心理的要因がある。そのため、二次性夜尿症の治療は心因の解決や心理療法が主体となる。一方、一次性夜尿の場合は日常生活の指導と医学的治療(薬物療法とアラーム療法)が主体となる。

 一次性夜尿症の子どもへの日常生活の指導では、夕食後の水分摂取量を極力減じることである。また就寝前の入浴や寝具を温めておくなどの工夫も効果がある場合がある。このような対応だけでも頻度が減少することがある。次いで重要なことは、子どもが就寝する直前にしっかり排尿させることと、子どもが入眠した後に親が夜間にトイレへ連れて行って排尿させることである。このような対応は特に未熟膀胱容量型や抗利尿ホルモン分泌不全型で効果が認められる。このような指導によっても顕著な改善が認められない場合、薬物療法あるいはアラーム療法を併用することを考える。薬物療法としては三環系抗うつ剤や抗利尿ホルモンが用いられることが多い。アラーム療法は欧米で盛んに用いられている。これは� ��濡れるとブザーが鳴る特殊なパッドをパンツに取り付け、排尿すると直ぐにアラームが鳴るものである。しかし、作用機序は覚醒障害を改善するのではなく、睡眠中の尿保持力を増大させる効果があると言われている。

 

(2)遺糞症


小児肥満と親の教育

 遺糞症は、通常4〜5歳以上になっても無意識的にあるいは意図的にトイレで排便せず、下着や床に便を漏らすものである。一般には4歳頃までに約7割の子どもは排便が自立すると考えられ、5歳の子どもの約1%に遺糞症が認められる。

 排便は、直腸に便が貯留すると直腸が拡張し、壁の圧受容体がそれを感知して中枢に伝わって便意を感じて意識的に行われるものである。そのため、無意識的な遺糞症の病因は@便秘型(慢性的な便秘のため直腸の圧受容体の感受性が低下し、便意が感じられず、直腸の収縮力が低下して柔らかい便が漏出するもの)、A下痢軟便型(大腸の水分吸収が障害され、肛門括筋の機能不全のために便が漏出するもの)に大別される。便秘型が大半を占め、下痢軟便型は全体の約1割程度である。便秘型では便性は軟便ないし泥状、水様のことが多く、便の漏れは持続的で覚醒時だけではなく睡眠中も起きる。しかし、下痢軟便型では便性は軟便ないし普通のことが多く、便の漏れは間欠的である。

 遺糞症の原因は親の不十分な躾や厳し過ぎるトイレットトレーニングではなく、多くは消化器系の機能障害が基盤にあり、それに加えて時にさまざまな心因が関与することもあると考えられる。夜尿症と同様に、遺糞症は乳児期から排便が一度も自立していない一次性のものと、一度排便の自立が獲得された後に生じる二次性のものがある。一次性の場合は消化器系の器質的な異常が認められることが多いが、二次性では心因の関与も大きい。

 遺糞症は夜尿症や遺尿症を併発することが多く、注意欠陥多動性障害や広汎性発達障害、反抗挑戦性障害を併発することもある。特に反抗挑戦性障害では意図的な遺糞が見られることがある。治療はこれらの併発障害を考慮に入れながら行う必要があるが、基本は便秘に対する指導と心理的支援である。便秘に対する指導としては食事指導、浣腸、緩下剤の投与がある。心理的支援は心因に対する心理療法や環境調整の他、遺糞症によって低下した自己評価を高めるような支援も必要になる。

 

(3)チック症

チックとは、手足や顔面の筋肉が突発的かつ反復的に運動するもので、不随意に生じるものである。時にはより大きな動作が常同的に繰り返されることもある。また、咳や喉鳴らしなどの発声が見られる場合もあり、稀には言葉が出る場合もある。多くは幼児期に発症し、大部分は思春期から青年期にかけて自然に軽減、消失していくものである。そのため、医療機関を受診しても実際に治療が必要となるケースは重症例(慢性で多発性な場合)に限られ、多くの場合はチックが自然に解消する可能性が高いことを説明し、日常生活に対するアドバイスを行うことで済む。

 チックの発現頻度は一般小児人口のおよそ5〜25%と言われ、女児よりも男児に1.5〜3倍多くみられる。多くは瞬目や首振りなどの単純な運動性チックのみで、1年以内に消失する一過性のものである。また、咳や喉鳴らし、発声、発語などの音声チックが認められることがある。このような運動チックや音声チックが多発的に認められることもあり、複雑性チック症と呼ばれる。さらに、それらの運動チックと音声チックが交互にあるいは重複しながら年余にわたって慢性に経過する一群(トウレット症候群)が時に認められる。典型的なトウレット症候群では、汚言症と呼ばれる特異な音声チック(バカ、死ネ、ウルセー、性的な言葉など)が認められる。

 チックの病因については、トウレット症候群と慢性運動性または音声チック症に加え、ある型の強迫性障害や注意欠陥多動性障害まで含めると、常染色体優性遺伝の可能性があるという説がある。また、単一遺伝子と多因子の混合モデルを唱える者もいる。いずれにしてもチック症はその発症の基盤に遺伝素因があると考えられる。さらに、チック症では注意欠陥多動障害や学習障害、強迫性障害、自閉症などが併存することがあり、特にトウレット症候群ではその傾向が著しい。

 このようなことから、チックの治療は以前は心理療法や精神療法が積極的に行われていた時期があったが、現在は親に対する的確なアドバイスと、重症例に対する薬物療法が治療の主体に変わっている。親に対する的確なアドバイスとは、チックの病因が心因ではなく遺伝的素因が大きいこと、多くは自然に改善することを説明し、親の不安を取り除くことである。薬物療法では漢方薬や精神安定剤などが用いられるが、薬物療法が適応になるのは@チックにより子どもや家族に強い精神的な苦痛がもたらされている、Aチックにより日常生活に支障が生じてる、Bチックによりいじめや仲間はずれが生じている、Cチックにより他人に著しい迷惑がかかっている時などである。

 

(4)哺育障害

乳幼児に求められることの多いこの障害は、少なくとも1ヶ月以上にわたって身体発育に十分な量の食事を摂れないことが持続し、体重増加が全くないか、著しい体重減少を伴うものである。その原因は消化器系やその他の一般身体疾患によるものでも、他の精神疾患や貧困などでの食物摂取不足によるものでもない。その基本病態は幼児の哺育困難とそれに対する養育者の葛藤が基盤にあると考えられ、特に6歳未満の乳幼児に発症しやすい。

哺育障害の子どもにみられる特徴は、()哺育障害の幼児は食事中いらいらしていて、それをなだめてうまく食べさせるのが困難なことが多い。(イ)無感情で退行(赤ちゃん返り)しているように見えることもある。(ウ)精神身体発達全般の遅れが見られることもある。また、親子の相互関係の問題がその幼児の哺育の問題に関係していたり、悪化させる要因になっていることが多い。すなわち、親の食べさせ方が乱暴だったり機械的に食べさせるなど食物の与え方が不適切である。幼児の食物拒否(偏食や咀嚼・嚥下困難も含めて)に対して感情的に反応してしまう。ひどい場合には不適切養育(虐待)と受け取れる場合もある。

哺育障害は、栄養状態が不良だと情緒が不安定になったり精神運動発達に影響を及ぼすことがあり、それによって哺育の困難さがさらに悪化することになる。また、幼児の側に睡眠障害、咀嚼・嚥下の困難、吐き易さ、過敏な性格傾向、精神運動発達遅延などの問題があれば、ますます哺育障害が起きやすくなる。以上のことから、哺育障害の治療は子どもと家族双方への心身両面の支援が不可欠であり、時に多職種による包括的な治療アプローチを要する。

 

(5)夜驚症と夢中遊行

 夜驚症は、睡眠中の子どもが突然起き出し、大声で泣いたり叫び声を上げるものである。同時に恐怖心のため動悸や発汗などの自律神経症状が認められる。入眠してから1〜2時間以内に起きることが多く、深睡眠から浅眠状態に移行する時に生じるため、子どもは夜驚を起こした記憶はない。

 夢中遊行は、睡眠中の子どもが突然起きて動き回るものである。夜驚症と同じように深睡眠から浅眠状態に移行する時に起きやすく、子どもは睡眠状態にあるため、翌日には記憶がない。

どちらも幼児期に認められることが多く、思春期頃までに自然に消失するものである。日中の興奮や恐怖体験が契機になることがあるが、夜驚症は病的なものではなく、脳の発達過程で生じる一時的な睡眠の異常である。そのため夜驚症や夢中遊行によって子どもが睡眠不足になることはなく、特別な治療も必要ないものである。しかし、家族の不安が強い場合や家族の睡眠が障害されるような時、あるいは夢中遊行によって怪我をするおそれがある時は薬物療法が行われることがある。通常は漢方薬か軽い精神安定剤が用いられる。

 

(6)吃音

 吃音は子どもの意思に反して発話が流暢にできず、音が詰まったり同じ音や語を繰り返したり発声ができなくなってしまうものである。他にも、音が延びたり単語の途中に間が空いたり、別な言葉を行ってしまうこともある。吃音の子どもは、通常発話時に強い緊張感を抱き、その緊張のためにからだが動くこともある。また、吃音を避けるために遠回しの言い方をすることもある。吃音の程度は状況によって変わりやすく、特に人前で意思伝達のために発話しようとする時にひどくなりやすい。一方、音読、歌唱、動物に話しかけるような状況ではあまりひどくならないことが多い。

 吃音は2〜7で発症することが多く、学童期の有病率は1%程度で、おとなになると自然に改善することが多い。また、男女比はおよそ3対1で男児に多い。家族研究によると、吃音には遺伝的因子が強く関与していると考えられている。また、チック症を併発することが多く、表出型言語障害を併発することも稀にある。

 治療は、子どもが他人と会話することに強い苦痛を感じたり、吃音によっていじめを受けるようなことがあれば積極的に試みるべきである。通常は言語聴覚士による指導が行われ、発話の流暢性を改善する訓練が行われる。また、不安や緊張感が強い場合にはプレイセラピーのような心理療法が有効かもしれない。

 

(7)抜毛癖

抜毛癖は、自分自身の毛髪を引き抜きたいという衝動に抵抗できずに抜いてしまうもので、神経性習癖と考えられている。こどもは抜毛行為の前には緊張を感じるが、抜毛後には開放感や安堵感を体験するという。抜毛の箇所は頭髪、眉毛、睫毛が多い。食毛症といって、抜いた毛髪を食べるという行動異常を伴うケースもあり、毛髪による胃石、腹痛、嘔吐、貧血など呈し、更には腸閉塞、穿孔に至ることがある。

背景にはさまざまな精神心理的な問題が潜在していることが多く、不安や緊張、抑うつ感情を抜毛行為により安定させようとしていると考えられる。子どもの場合不安を言語化するのが難しく、"どうして抜くの?"と詰問してもうまく説明できないし、ひとりにさせず抜毛しないように監視すると、いらだちが強くなって精神状態が悪化することにもなってしまう。

ストレス要因として何があるのか、家族関係や学校環境など考慮する必要がある。例えば、幼小児の場合、弟妹の出生で母親をとられたという喪失感・弟妹に対する嫉妬を、毛髪を触っては抜くという行為で埋め合わせることがある。年長児においては、抜毛行為が自分自身を罰する意味があると考えられることが多い。例えば、友人や教師、親など周囲の期待に応えようと適応的にふるまっていた子が、何かのトラブルをきっかけに抑うつ的になり、自分の感情や意志を表明できないことにいらだちを感じ、抜毛という形で自分を罰し不安に対処することもある。

いずれも、その子のおかれている状況を理解し、不安や抑うつを周囲が受け入れることが重要である。治療としては、精神療法、行動療法などあげられるが、言語的なコミュニケーションが難しい場合は遊戯療法を取り入れる。また強迫的な要素が強い場合は薬物療法が有効なことがある。

 

(8)異味症(異食症)

 異味症(異食症)とは、食物とは考えられない非栄養物を継続的に摂取することで、紙、石、砂、毛髪、繊維品ほか、多彩なものが対象となる。乳幼児期には手に触れるものを何でも口に入れる傾向があるが、この時期を過ぎても見られる場合は病的と考えるべきである。

 異味症の病因はさまざまである。危険因子としては、鉄や亜鉛の摂取不足、鉄欠乏生貧血、精神発達遅滞、自閉症、精神病などあげられる。そのほか、虐待、分離・喪失体験、愛情遮断など心理社会的ストレスも重要な要因である。実際、そういったストレス状況におかれたこどもに異食行為が見られ、さまざまな情緒障害を合併することが多い。

 異味症の合併症状は多彩である。消化管症状では嘔吐、下痢、腹痛、吸収不良のほか、異物による腸閉塞や消化管穿孔が起こる場合がある。ほかには、電解質や鉄・亜鉛欠乏など微量元素の異常を伴うことが多い。鉄欠乏性貧血が異食の原因になることもあれば、異食の結果、鉄が欠乏する場合もある。摂取される異物による中毒(水銀や鉛)も注意が必要である。


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 異味症の治療としては、鉄剤の投与や栄養状態の改善など、原因を取り除くことが第一である。そして、心身症として異味症を呈している場合、背景にある心理社会的な問題への対処が必要である。虐待や愛情遮断を含めた社会環境や家族関係の問題が伺われる場合には、積極的な問題解決に向けて親へアプローチすることが不可欠である。こどもに対しては、身体的治療に並行して、遊戯療法、箱庭療法や精神療法などを行い、情緒状態の安定を図ることが異味症の改善につながることが多い。

 

3.不安に関する問題

(1)分離不安障害

 分離不安障害は、家族や愛着を抱いている人からの分離に過剰な不安や精神的苦痛を抱き、その人との分離を拒んだり、分離した時にその人のことを過剰に心配するものである。分離不安そのものは通常の子どもにも一般的に認められるものであるが、分離不安障害の子どもではその不安が恐怖に置き換わる。そのため、学校や友達の家に一人で行くことができないことが多い。また、離れている時には、その人が事故に遭うかもしれない、二度と会えないのではないかという恐怖に駆られることもある。

分離不安障害の子どもは結び付きの強い家族に多いと言われ、日本人には比較的多い障害であると考えられる。子どもの有病率は約4%程度と言われている。その発症にはさまざまな心理的ストレスが契機として関与する。例えば、家族の死や病気、引っ越しや転校、あるいは可愛がっていたペットの死などが発症の契機となり得る。しかし、その一方で家族集積性が若干認められ、パニック障害の母親の子どもに分離不安障害の発症が多いことも判明している。

小学校低学年の不登校児の背景に分離不安障害が認められることが多い。このようなケースでは幼児期の親子関係の愛着形成が不十分なまま、蹴学によって親子の分離が強いられて子どもの不安が募っている。そのような場合の対応としては、分離を無理強いするのではなく、親子の再統合を積極的に図って子どもの不安を十分に和らげる必要がある。そして子どもの不安が落ち着いた時に、登校に向けて段階的に親子の再分離を図っていく必要がある。不登校児の分離不安を再燃させないようにするためには、再登下校時に親が付き添う、教室に一緒に入る、登校時間(親子の分離時間)を段階的に長くする、子どもが親への再開を希望する時には直ぐに実現するなどの工夫が必要である。また、子どもの分離不安障害� ��治療としてプレイセラピーのような心理療法が有効なことがある。さらに、強い恐怖心のためパニックを起こすような場合は抗不安剤などによる薬物療法を行うこともある。

 

(2)強迫性障害

 強迫とは、自分でもそれが「意味がない、不合理だ」と分っているのに、ある考えが執拗に頭に浮かんできたり(強迫観念)、ある行為をやり続けてしまい(強迫行為)、それを自分では抑えられなくなってしまう精神的現象である。例えば、トイレの後に手を洗う時、もうきれいになったと自分では分っても、手洗いを止められずに10分も20分も続けてしまい、トイレに入る度に同じことを繰り返す。あるいは、AIDSに感染することはないと分っていても、いつも何かに触れる度に自分はAIDSに感染してしまったのではないかと考えずにはいられないようなことである。このような強迫的な考えや行為は一回だけ生じて消えるものではなく、繰り返し繰り返し起こってくる。また、強迫的な考えの内容や� ��為そのものが本人にとって不快なものでなくても、それが自分の意識ではコントロールできずに反復的に生じてくる。そのために本人に非常な苦痛がもたらされる。

 強迫性障害は通常、青年期または成人期早期に始まるが、小児期に始まることもまれではない。有病率は年間1〜2%程度でありそれ程まれではなく、男性と女性で同程度にみられ男女差はない。一度罹患すると悪化と軽快を繰り返す慢性の経過をとることもあるが、小児期発症の場合は特に軽症で治癒することも多い。

 強迫性障害は従来、性格要因と環境要因が複雑に絡み合って形成されるものと考えられてきた。しかし、最近になって生物学的な研究が進み、強迫性障害には脳の特定部位(大脳基底核、側頭葉・辺縁系、前頭前野皮質)が何らかの関与をしており、脳内神経伝達物質(セロトニン)の機能が変化していることが判明している。また、新しい薬物が著しい治療効果を上げることも認められており、治療アプローチにも大きな影響を及ぼしている。このようなことから、現在、強迫性障害は何らかの生物学的な脆弱性を持った体質的素因を基盤にして、環境の変化や心理的葛藤などの心因と過労や身体疾患などの身体因が複雑に関係し合って生じるものと考えられている。

 強迫性障害の病因が脳の生物学的な障害による可能性が示唆されてから、その治療のあり方も薬物療法を主体に行われるように変化してきている。しかし、家族や対人関係などの心因がその発症機序に大きく関与していると考えられるケースも多く、さまざまな治療アプローチが併用されているのが現状である。すなわち、薬物療法(脳内神経伝達物質の一つであるセロトニンに選択的に作用するSSRIとクロミプラミンといううつ病の治療薬が用いられることが多い。)に加えて、精神療法、行動療法、家族療法、認知療法などがケースバイケースで用いられている。

 

(3)PTSD(外傷後ストレス障害)

トラウマとは、死ぬかもしれないと思われるほどの通常とはかけ離れた出来事に対する精神反応である。本来は、戦争や犯罪被害など特別な状況に対する精神心理的反応として研究がなされてきた。そのため、子ども全般にトラウマがどのように生じどのような症状が形成されるのかが未だ判明しておらず、内面を表現することが困難な子どもにおとなと同じ診断基準(表1参照)を当てはめるのが妥当かどうか難しいところである。

良い愛着形成は子どもにしっかりとしたトラウマ耐性を作ると言われる。一方、虐待を受けた子どもは愛着形成に問題を残し、それゆえに些細な刺激がトラウマになり易い「易トラウマ性」を持つことになる。一度でもトラウマを受けてしまうと、安心して他者を信頼して自己を守ってもらおうとする愛着形成が阻害される悪循環が生じることになる。このようなことから、トラウマと愛着は深く相互に関係し合う問題であり、子どもの観点からみた特有のトラウマの概念を理解する必要がある。

@子どものトラウマ反応

 トラウマ反応は通常二つのタイプに分類される。災害や事故のような1回の重大な事件による単回性トラウマは典型的なPTSDの症状を呈しやすく、T型トラウマと分類される。一方、虐待や戦争被害のように繰り返されるトラウマはU型トラウマと分類され、典型的なPTSD症状を示すことは少なく、強い怒りや解離などの症状が多い。

 子どものトラウマ反応は強い分離不安や退行が認められることが特徴的である。分離不安反応は、子どもに危機が訪れて自分の周りが安全ではないと感じ、愛着対象にしがみついて守ってもらいたいという防衛の現れである。また、退行はより安全に守ってもらえていた発達段階に戻ろうとする、これも無意識の防衛の一つである。

A虐待と愛着問題−トラウマ複合(ATC

 愛着の問題とトラウマ反応は相互に深い関係がある。愛着の歪みがあって安全基地が良い形で形成されず易トラウマ性を持っている子どもが、繰り返しトラウマを受けることになると、更に他者を信じられなくなり愛着形成に障壁が生じるという悪循環ができあがる。このような子どもは「守られていない自己」という感覚を強く抱き、これが虐待を受けて育った子どもの大きな特徴となる。これを愛着問題−トラウマ複合(Attachment Problems-Trauma Complex; 以下ATCと略す)と呼んでいる。

 ATCは子どもの精神発達に重大な影響を及ぼす。特に自己感の発達に大きな障害となり、それにより他者とのかかわりに問題を生じる。その病理は、外界(特に他者)への恐怖、他者に頼れない臨戦態勢・過覚醒、刹那的な行動、他者との距離感の問題、無力感・自己評価の低下、否認・解離、強い怒り、自己調節不全、共感性の低下、不安定な感覚入力による情報処理能力の発達不全、感情の認識障害、自己の統合不全(自己感の発達不全)・分断された自己などである。

BATCの子どもの治療

その基本は愛着形成の促進とトラウマからの回復を同時に図ることである。実際、虐待を受けて養護施設に入所している子どもの治療の中で、ケアワーカーが身体接触を多くして安心感を熟成することを集中して行うと、子どものトラウマの表現が促進され、そこに上手に介入することでトラウマからの回復に繋がったと考えられる例が少なくない。両方を意識した治療が必要なのである。また、ATCは象徴化が進む以前の乳児期からの問題であり、トラウマによる身体感覚の混乱が身体像の発達を阻害しているということを考えると、身体的アプローチも推奨される。身体接触や同調を印象付ける身体的かかわり、あるいは身体の境界を確かめる対応などで身体像を確立し、冷たい、暖かい、心地よいなど、身体の各部署の感覚を確かめるような治療法も意味がある。また、感覚統合障害に至っている子どもには感覚統合療法が有効なこともある。

 また、ATCの治療には愛着に方向付けられた治療が欠かせない。愛着の治療は関係性の治療である。従って、子どもだけを対象に治療を行っても、それだけでは関係性の治療が進むわけではない。愛着対象となるべき人へのアプローチが欠かせない。子どもの生活の中で関係性を育み、他者を信頼できるようになるための支援が必要となる。つまり、家庭にいる子どもの場合は親や家族への支援、施設や里親のもとで生活している子どもの場合は施設の担当職員や里親に対する支援が必要になる。親子関係に焦点を当てているうちに、親自身の過去の問題が反映されていることに気づくことも多い。それに対するケアも求められる。

 

4.小児期、思春期からみられる精神疾患

(1)心身症

日本心身医学会は、心身症とは身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態と定義している。神経症やうつ病など精神障害に伴う身体症状は除外される。このような心身症は子どもに非常に多く認められるものである。しかし、子どもの心身症は成人期にみられるような気管支喘息や胃潰瘍などの明確な身体疾患が心身症として発症してくることは稀で、たいていは嘔吐、頭痛、腹痛など単純な身体症状が一過性に生じることが多い。また、子どもの場合は精神的ストレスが慢性疾患の症状や経過に大きく影響を及ぼしたり、いわゆる心因反応と言われるような神経症との鑑別が難しい病態が心身症として出現することも多い。

子どもの心身症は、発達時期やストレス要因の関与の仕方、こどもの情緒発達レベルなどによって、心身症症状の重篤度、経過、症状の背景に潜む心理学的な意味合い、精神病理などに違いがあり、その違いによって治療や対処方法が大きく異なる。子どもの心身症はその特徴から4つのタイプに分けることができ、それによって治療を明確にすることができる(表2参照)。

<タイプ1:心身反応型>

症候学的特徴として頭痛、腹痛などの身体症状が単発的ないし多発的に出現する。小児のあらゆる発達段階に認められるが、特に幼児期に多く、ストレスに直接反応して身体症状が形成され、ストレスと身体症状の因果関係は時間的な経過から容易にその関連性がうかがわれる。乳幼児期では正常な発達段階における心身の未分化によるものであるが、学童期以降の発症では心身の未分化と情緒発達の未熟さが認められる。多くの場合、ストレスが消失ないし軽減すると、身体症状も速やかに消失ないし軽減するため、治療はストレス要因をできるだけ早く取り除くことが重要である。

<タイプ2:葛藤回避型>


感情や行動の障害に役立つ

身体症状が多発的かつ比較的慢性的に出現することが多い。時に過換気症候群のような単一の疾患を形成することもある。学童期後半から思春期に多く、心理社会的なストレスに対して無意識的な葛藤を抱き、症状形成によってストレスが回避される状況が生じていることが多い。思春期の発達課題をめぐる葛藤、すなわち親との分離独立や同世代間の対人関係を巡る葛藤が認められることが多いため、治療は精神療法が主体となる。経過と予後:葛藤が回避される状況になると症状は消失ないし軽減する。経過は慢性化しやすいが、状況の改善によって劇的に改善することがある。

<タイプ3:身体表現型>

身体症状が多発的かつ比較的慢性的に出現し、過敏性大腸炎のような単一の疾患を形成することが多い。学童期後半から思春期に多く、心理社会的なストレスに対して適切な心理防衛機制による解決が図れないか、無理な防衛機制が破綻し、その苦痛が身体症状に置き換わる。タイプ2と同様思春期の発達課題をめぐる葛藤、すなわち親との分離独立や同世代間の対人関係を巡る葛藤がストレスになるが、心理的防衛機制が未熟なため、薬物療法を主体にし、精神療法は洞察を求めるのではなくむしろ支持的なあるいは発達促進的なアプローチがよい。しかし、直接的なストレスが回避されても症状は軽減ないし消失しにくく、再発を繰り返したり長期化することが多い。

<タイプ4:経過修飾型>

ストレスにより糖尿病や、喘息など慢性疾患の症状が長期化、難治化あるいは再発を繰り返すものである。治療者に心身医学的な配慮が乏しい時、こどもの心理に対する家族や周囲の者の理解が乏しい時、慢性疾患に対するこどもの心理的防衛機制が破綻した時などに心身症の病態が出現する。幼少児期にはこどもの障害の受容を巡る家族葛藤が認められたり、思春期では自己の身体的アイデンティティー形成を巡る葛藤が主題となることが多い。治療は発症機序を考慮して行う必要があるが、先ず身体的苦痛を除去することが肝心である。こどもと家族の身体疾患に対する受容を促し、QOLに関する情報を提供することも重要である。

心身症の子どもの治療を行う際には幾つかの注意点がある。先ず、子どもが訴える身体症状は実際に体験されている本当のことであるとしっかり認識する必要がある。心身症は診察や検査で異常が見つからないことが多く、検査で異常がないなら病気ではないと誤解されることが非常に多い。また、ストレスが軽減すると心身症の症状は軽減することが多く、そのため身体症状の訴えは仮病(詐病)ではないかと疑われることもある。心身症における身体症状は、背景にある子どもの苦しみのサインとしてしっかりと受け止める必要がある。また、心身症における心理的ストレスは発症の単なるきっかけであり、発症に至るまでにはその子どもと生活環境(家族や学校を含む)との交互作用の長い悪循環過程が必ずあるも� ��である。それにも関わらず、短絡的に治療者の価値観を押し付けたり、親や学校を責めるだけでは問題は解決しない。治療の基本は子どもや家族に信頼されることであり、そのためには子どもと家族の訴えに傾聴し受容する必要がある。治そうと思うよりも共感することに徹し、自然に治るのを見守るのが良い。

 

(2)神経性無食欲症

これは神経性食思不振症、あるいは思春期やせ症、拒食症などと呼ばれることがある。かつては思春期の女性に特有の精神障害と考えられたが、最近はその発症年齢に関して低年齢化と高年齢化が進み、幼児や閉経後の女性例の報告もある。また、男児例の報告も稀ではなくなってきている。

神経性無食欲症では、年齢と身長に対する健常体重を維持することを拒否し、体重が不足しているにもかかわらず体重が増えることや肥満に対する強い恐怖心がうかがわれる。また、自分自身のBody Imageに障害が認められ、自分の体重や体型に対する過剰な評価、やせの重大さの否認がうかがわれる。その結果、著しい痩せ(健常体重・標準体重の20%以上)と女性の場合は3ヶ月以上の無月経が続き、前思春期例や男児では第二次性徴の遅れが認められるものである。

サブタイプとして制限型と大食・排出型があり、制限型は不食(健常体重を維持するために必要な摂食量を摂らない)を続けるものである。大食・排出型は大食(通常の食事とは別に大量の食物を短時間に貪るもので、自分ではそれをコントロールできない。無茶食いとも言う。)と不食あるいは過剰な運動や下剤・利尿剤などを用いて体重を減らす行為を繰り返すものである。制限型で発症する例の約半数がその経過中に大食・排出型に移行する。

 神経性無食欲症の有病率は0.5%〜1.0%で、90%以上が女性と言われている。その病因は未だ解明されていないが、遺伝と文化的要因双方の関与が考えられている。うつ病、強迫性障害、境界性人格障害などの併発が認められることがあり、飢餓、自殺、電解質異常などで死亡する例も少なくない。

神経性無食欲症は著しい痩せの状態を招きやすく、それによって精神身体面に重篤な障害を来たすことが多い。従って、その治療の基本は食行動の改善と健常体重の回復にある。また、家族に神経性無食欲症の精神病理をよく理解してもらうことも大切である。すなわち、子どもの味方になって一緒に摂食障害を乗り越えようという態度を親に持ってもらうことが重要である。

神経性無食欲症の子どもの背景にある精神心理的問題はさまざまである。自我自律機能の一つとしての摂食行動そのものの発達が障害されているケースでは、親の過保護・過干渉的な養育の結果として子どもに自律的な摂食行動が身につかないことがある。また、幼児期にネグレクトなどの不適切養育があると子どもの摂食行動が愛情希求の代理行動に置き換わって障害されることがある。子どもが思春期になって親から自立する時に、親が圧倒的な力でこどもを束縛しようとすると子どもは拒食という手段で抵抗しようとする。逆に親から自立することに子どもが大きな不安を抱いていると痩せることによって親に依存したり保護を求めようとすることもある。他にも家族関係や友人関係、学校などでの悩みや不安が抑� ��されて強迫的な摂食障害に置き換わることもある。

以上のように神経性無食欲症の背景にはさまざまな精神心理的問題が窺われる。治療の基本は、家族が子どもと一緒になって摂食障害を克服していくプロセスの中で自然にこの問題に向き合い、お互いに修正していけるように家族と子どもを支援することである。

 

(3)選択性緘黙

選択性緘黙は、家庭では普通に話すことができるにもかかわらず、特定の社会状況(幼稚園や学校、家族以外の人前など、話すことが期待されるような状況)になると一貫して話すことができなくなるものである。そのため、学校や幼稚園などで対人的コミュニケーションがうまくできなくなったり、勉強や設定課題に支障をきたすことになる。通常この障害は数年も続くことが多く、話すことができない理由はその社会状況で要求される話し言葉の楽しさや知識がないことによるものではない。また、この障害は吃音症、広汎性発達障害、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。

 国内での出現率は0.2%前後、男児より女児に多いと言われている。発症年齢は3歳前後という報告が多い。しかし、自宅での会話には支障がないため、小学校入学前に積極的に医療機関を受診することはあまりない。また、学校でも他児に迷惑をかける訳ではないので、気付かれても直ぐに受診を勧められることは多くない。

 発症にあきらかな契機があるケースは約3割と言われており、転校や突発的な事故や喪失体験が契機になることがある。しかし、大半は具体的な契機なく発症しているおり、子どもの素因やコミュニケーション能力の発達の弱さ、家庭の養育環境などが複雑に絡み合って発症に関与していると考えられる。

 合併症としては、選択性緘黙の7割から9割の子どもが社会不安障害の診断基準も満たす。その他、小児の過剰不安障害、強迫性障害、分離不安障害、遺尿症、遺糞症、チック症などを合併しやすい。

 有病期間は平均5年程度で、症例によっては数週間から数ヶ月で治ることもあるが、何年も持続する場合もある。10歳以前に回復する子どもに比べ、そうでない子どもは長期化し予後も悪くなる。選択性緘黙の家族歴に関する報告では、患児の7割が社会不安障害または回避性パーソナリティ障害を有する親を持ち、患児のうち3割が選択性緘黙の既往のある親を持っている。その親の選択性緘黙は思春期にかけて徐々に改善していくが、社会不安障害や回避性パーソナリティ障害は成人しても持続している。

 現在のところ、エビデンスのある有効な画一的な治療法はない。個々の子どもの素因、養育環境を整理し、環境調整、心理療法、家族療法、薬物療法などを組み合わせて治療が行われる。家庭でも、治療の場でも、選択性緘黙の子どもへのアプローチの基本は、「焦らないこと」「しゃべらせないこと」である。無理にしゃべらせると症状が固定化したり悪化したりするので強要してはならない。治療の目標は「人前で話せるようになること」よりも、ベースにある「対人不安」を解消することである。

 

(4)不登校

 日本では1950年代頃から登校拒否という診断名で不登校児の症例報告がなされるようになったが、その後現在に至るまで長期休校を続ける生徒は増加し続け、特に通常の学校に行かないこと以外にはなんら精神身体症状を呈することのない生徒が増加するようになった。それに伴い、長期休校状態の子どものうち、「諸種疾患や家庭事情による就学不能や非行による怠学などを除く、学校へ行かないという現象全般」を不登校と言い表すようになった。現在、文部科学省では不登校を「病気以外の理由で1年間に30日以上欠席した場合」と定義している。このような概念の変化と共に、不登校の子どもと親への対応は、医学モデルに基づいた治療から教育・福祉的支援が積極的に行われるように変化している。

 このように、不登校は何らかの精神病理学的な症状を伴うものから、(無理してまで学校には行かなくても良いというような)価値観の多様さやもっぱら環境的要因によるものまで実に多岐にわたる状態を含むものである。しかし、臨床的に不登校を主訴に児童精神科を受診する子どもには小児の過剰不安障害、社会恐怖、分離不安障害、身体化障害、適応障害、気分変調性障害、転換性障害、反抗挑戦性障害、選択性緘黙などの精神障害が併発して認められることがある。また、不登校の子どもがその後回復して良好な社会適応が可能になるのは大よそ70%と言われ、後に統合失調症や躁うつ病、人格障害などが少なからず認められるようになることが判明している。このようなことから、不登校の子どもの中には、未熟な社会性の発達を促進して社会適応を改善し、より重篤な精神障害への移行を予防するような医療的支援が必要な場合がある。

 不登校の子どもと家族への治療アプローチとしては@予防、A初期対応、そしてB長期化した段階の支援を考える必要がある。

@予防


 心気症的症状を訴えて子どもが小児科を受診した時に、不登校を伴っているかどうかを確認することが重要である。学校を休まざるを得ないほどの症状なのか、症状の訴えは登校前も休んだ後も同じなのか、学校のある日もない日も症状の訴えは同じようなのかなどを確認し、不登校が始まったばかりと思われる時は安易に学校を休ませるべきではない。子どもと親に対して器質的異常が疑われないことを強調して身体症状に対する不安を払拭し、安心して登校することを促し、もし登校に対する子どもの不安が強ければ、子どもが安心できるよう親が同伴することを促しても良い。親には子どもが不登校の始まりの可能性があることを伝え、背景に契機となるストレス(いじめや友達関係・勉強・家族の悩みなど)が� ��いかどうか考えてもらう。契機となるストレスが複雑なものでなければ、この時に親が的確に問題を解決できれば不登校が解決することもある。また、不登校が強く疑われる時には、不安を助長しないように医学的検査は最小限に留めること、診察や検査の結果に異常がないからといって学校を休んでいることに対して親や子どもを責めたり叱ってはならない。

A初期対応

 不登校の心理が次第に明らかになってきた初期段階でも、子どもはなぜ登校できないのか自覚していないことが多い。不登校の子どもの多くは、学校には行かなければならないということは十分承知している。しかし、登校に際して非常に大きな不安を抱いているので心理的には強い葛藤状態に置かれている。このような時には、「なぜ学校に行けないのか」とか「学校を休んでいることをどう考えているのか」などと本人を問い詰めることはせず、どのようにしたら子どもが比較的楽に登校できるかを親が教師と一緒に考えるようアドバイスするのが良い。不登校期間が1〜2ヵ月位なら積極的に登校を励ます方が早期に学校へ復帰することが多いが、この時、あくまでも子どもを援助するという気持ちを親が持つこ� ��が大切である。また、不登校の子どもへの対応が母親任せになっている家庭では、父親にも取り組みに真剣に参加してもらうのが良い。父親の真剣な態度が、子どもが困難を克服しようとするモデルになるからである。また、この段階では、医療機関や相談機関に子どもを無理に受診させる必要はなく、学校と家庭の連携により問題が解決する場合が多い。

B長期化した段階の支援

 不登校が長期化している場合にはその取り組みは全く別となる。この段階では子どもに登校を促すのではなく、自分の殻に閉じこもってしまった子どもの気持ちを理解し受容する対応が必要である。このような精神心理療法的なアプローチは専門家に委ねられなければならないが、受容的な態度は子どもをとりまく全ての大人が身につけなければならない。大人が不登校の子どもを受容し見守ることによって子どもの精神状態は次第に安定し、多くの子どもはやがて立ち直りの道を探し始めるようになる。その時に、子どもの精神状態や能力、社会性に相応しい居場所を子どもと一緒に探すことが大事である。つまり、この段階での治療の目標は必ずしも登校再開とはならず、新たな社会参加の場を発見していくことに� ��る場合もある。どのような場合でも家族と学校と治療者との連携は必要不可欠であり、子どもが安心して生活できる場を見出すことが重要である。

 

(5)うつ病

現在、うつ病の疾患概念や下位分類、その診断基準などに関してはアメリカ精神医学会のDSM-Wの診断基準に基づいて考えられることが多い。それによると、うつ病の疾患概念に含まれるものとして、気分障害に分類されるうつ病性障害(さらにこれには大うつ病と気分変調性障害がある)と抑うつ気分を伴う適応障害を上げることができる。

大うつ病性障害の臨床症状は@一日中毎日続く抑うつ気分(小児や青年ではいらいらした気分が続くことがある。)、Aあらゆる活動に対する興味、喜びの著しい減退、B体重減少か体重増加、または食欲減退か食欲増加、C不眠または睡眠過多、D精神運動性の焦燥または制止(落ち着きのなさやのろさ)、E易疲労性または気力の減退、F無価値感、または過剰・不適切な罪責感(妄想的なこともある。)G思考力や集中力の減退、または決断困難、H死の反復思考 、反復的な自殺念慮、自殺企図・計画である。

気分変調性障害の臨床症状は@抑うつ気分がほとんど一日中続き、それのない日よりもある日の方が多く、少なくとも2年間続いている。A小児や青年では、気分はいらいら感であることもあり、また期間は少なくとも1年間はなければならない。B抑うつの間、以下のうち2つまたはそれ以上が存在すること:(1)食欲減退、または過食、(2)不眠、または過眠、(3)気力の低下、または疲労、(4)自尊心の低下、(5)集中力低下、または決断困難、(6)絶望感である。

抑うつ気分を伴う適応障害の臨床症状は@はっきりと確認できるストレス因子に反応して、そのストレス因子の始まりから3ヶ月以内に、情緒面または行動面の症状が出現すること。Aこれらの症状や行動は臨床的に著しく、以下のどちらかによってそれが裏付けられている:(1)そのストレス因子に暴露されたときに予測されるものをはるかに超えた苦痛。(2)社会的または職業的(学業上の)機能の著しい障害である。

 臨床的にはこれら3つのカテゴリーを厳密に区別して診断を下すことは難しいことが多く、症状の程度や持続期間、契機となるストレス因子の有無などから総合的に判断することになる。また、専門家によっても「うつ病」をどのように考えるかさまざまであり、あくまでも「大うつ病」に限定する場合もあれば、幅広く上記の3つの診断カテゴリー全てを含めて総称する考え方もあるのが現状である。

また、これらの診断基準は子どものうつ病にも当てはめられ、子どものうつ病に特有の診断基準はない。しかし、子どものうつ病の臨床的特徴として以下のことが明らかになっている。症候学的に子どもに多く認められる症状は、沈んだ表情、身体愁訴、自尊心の低下、恐怖症、行動抑制などである。特に、行動抑制によって急に学業不振が出現することがあるため、診察の際に注意して確認する必要がある。加齢とともに多く認められるようになる症状は、不快気分、日内変動、絶望感、精神運動抑制、妄想などである。年齢によって出現頻度にあまり差がない症状は、抑うつ気分、集中力の低下、希死念慮、睡眠障害などである。

子どものうつ病は操作的診断基準を用いると、68歳からうつ障害の診断は可能である。実際の出現頻度は、児童期は0.5%〜2.5%でそれほど多いとは言えないが、思春期青年期は2.08.0%に増え、成人とほぼ同じ程度になると言われている。また、臨床経過そのものは成人の場合とあまり変わらず、軽快するのに12年を要することが多い。再発率が高く(3070%)、成人になってもうつ病性障害を発症しやすい。子どものうつ病に併発して認められることの多い精神障害としては、不安性障害、強迫性障害、摂食障害、注意欠陥および破壊的行動障害(行為障害、反抗挑戦性障害、注意欠陥・多動性障害などがある。

成人のうつ病の治療では薬物療法が優先されることが多いが、子どものうつ病の治療では環境調整が重要である。例えば、いじめや強い叱責など子どもがうつ病を発症した契機が明らかな場合は、まずそのストレス因を除去することが重要である。そして十分な休息をとらせることである。不登校に陥る子どもの中にうつ病に罹患している子どもは少なくなく、うつ病が不登校の主因になっている場合は登校再開を早急に促すのは望ましくない。特に自分が学校に行けないことに自責的になってうつ症状が遷延していると考えられる場合は、うつ病の所為で学校に行けない状態に陥っているので十分な休養が必要であると保証して安心させることが重要である。一方、うつ症状の程度が重い場合には子どもに適応のある抗� ��つ剤を主体に選択し、随伴する不眠や強い不安、身体症状などに対しても適切な薬物療法を併用する。家族にはうつ病の説明を行い、家庭での接し方を指導する必要があり、習い事や学校などの環境を調整して負担を軽減することも有用である。

 

参考文献

 

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氏家武:不安障害、うつ状態.矢田純一、柳澤正義、山口規容子、大関武彦編.今日の小児治療指針.医学書院.2000pp465-466

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タイプ別にみた小児心身症の診断と治療.柳澤正義監修・星加明徳編集:小児科外来診療のコツと落とし穴2メンタルヘルスケア.中山書店.東京.2004pp4243


国重美紀、氏家武:こどものこころの症状に気づいたら第6回.家の外では話をしない−選択性緘黙.日本医事新報433076782007

奥山真紀子、氏家武、原田謙、山崎透:こどものうつハンドブック−適切に見立て、援助していくために.診断と治療社.2007

傳田健三(2002)子どものうつ病.金剛出版.東京.



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